SCENE10 管理者の最大の武器! コミュニケーションスキルと情報管理

 複座厚な組織である病院内のコミュニケーションについて、管理職が身についてなければならないことは、組織の情報管理とコミュニケーションスキルである。組織の情報管理は、組織の意思統一や組織内のコミュニケーション、インフォーマル組織の管理といった情報統制についての管理である。コミュニケーションスキルとは、管理者とスタッフの対話であり、やる気や行動変容を促すためのスキルである。

 鈴本師長が病院に不満を持ち、退職するといった噂が広まっている。奈須は、いつもの噂だと思い、適当に話を聞いていたが、どうやら本人も退職する気になっているようだと七瀬から聞いた。どうも斎藤看護部長も面談したようだ。昼食の時間に奈須は、事実を確認するために根田師長に内線をして話を聞いた。

―奈須は、根田師長に内線をする。

奈須:根田師長、少しお時間いいですか?

根田:いいわよ。こっちの病棟の休憩室で一緒に食事をしましょう。

奈須:こっちが落ち着いたら行きます。

―休憩室でお弁当を広げながら

根田:かわいいお弁当ね。

奈須:今日は、早く目が覚めたので、手をかけました。

根田:ところで、話って何?鈴本さんの件?

奈須:そうなんです。でもなんでわかりました?

根田:最近、噂になっているからね。噂も困ったものね。

奈須:ところで、この噂は本当なんですか?

根田:嘘よ。ただ、この噂が大きくなりすぎると、鈴本さんも噂に潰されちゃうわね。

奈須:そうですね。鈴本さんが、なんか元気がないように見えます。

根田:でも原因は、本人が病棟の飲み会の時に、病院や看護部の管理の不満を酔った勢いで言っちゃったらしいのよ。それを部下が言いふらしているようなのね。鈴本さんの病棟は、鈴本さんを良く思っていない人もいて、あちらこちらで言っているらしいの。それで、尾ひれがついて話が大きくなっているみたいよ。

奈須:怖いですね。

根田:こういったインフォーマル組織の活動は気をつけないといけないのよ。

奈須:インフォーマル組織ってなんですか?

根田:病院の組織図にある看護部や病棟の組織が表の組織としてフォーマルな組織であり、インフォーマル組織とは、裏の組織のことを言うのよ。いわゆる派閥なんかは、インフォーマル組織の代表例で、病院だと病院組織に従う派と従わない派がいるわよね。従う派は、病院にとって問題ないけど、従わない派は、厄介よね。

奈須:そうですね。なんかわかる気がします。

根田:噂の類は、そういったインフォーマル組織から出てくることが多いのよね。例えば、誰々が辞めるとか、決まってもいないのに今年のボーナスは何カ月といったことが噂になったりすることあるでしょ。

奈須:ありますね。確かに噂が当たることもありましたね。

根田:噂って当たる時と、噂を現実のものにしてしまうことがあるけど、どちらも困るのよ。噂が当たると、院内で噂を信じる人が増えてしまうからね。それで、病院の経営側や管理者側のメッセージと反対の噂が出てきたらどうなる?

奈須:スタッフは混乱しますね。

根田:これが病院組織の統制が取れなくなる原因ね。この状態が続くとスタッフは疲弊していくのよ。

奈須:確かに、誰を信じていいかわからない状態ですね。噂って、結構、微妙な情報が流れてきますので、信じてしまいがちですね。

根田:そうなのよ。それと、噂が現実となる場合って、インフォーマル組織が噂を実現しようとして、組織をそのように動かしてしまうの。そうして、現実のものとなってしまう。今の鈴本さんが置かれている状態よ。鈴本さんは、今回ばっかりは追い詰められているみたいよ。

奈須:そうなんですね。このインフォーマル組織をコントロールする手段ってありますか?

根田:インフォーマル組織は、不満から組織を構成しやすいの。ありがちなのは、病院改革を行う時に生じる改革派と反対派ね。保守的な人達は、改革を喜ばないからインフォーマル組織ができやすいの。インフォーマル組織ができる時って、飲み会や喫煙室で不満を言っている時にできやすいのかもしれないわね。その後は、不満や愚痴を言い合ううちに意気投合してって感じかな。だから、このようなインフォーマル組織にスタッフが取り込まれないように、密にコミュニケーションすることが必要なのよ。管理職になるとスタッフと線を引かなければならないけどね。人間って、接している時間が長い人になびいてしまう傾向にあるからね。

奈須:確かにそうですね。

根田:あとは、方針がいつもぶれずに、一貫していることかな。これは、管理職個人もそうだし、病院や看護部の管理者が一貫していることがインフォーマル組織に勝つことなのよ。

奈須:分かりました。私も気をつけます。

―夕方、薬剤部の岡田にコミュニケーションスキルの上達法について相談する。

奈須:岡田さんは、話がうまいですけど、どうやってコミュニケーションスキルを学んだんですか?

岡田:いま薬歴簿が書き終わるから、ちょっと待ってね。

―薬歴簿を書き終えて

岡田:コミュニケーションスキルねぇ。

奈須:岡田さんが、患者さんや薬剤部のスタッフの心を捉えることがうまいのは、何かトレーニングしたからなんじゃないですか?

岡田:特にないんだけど、あるとすれば、いつもよいコミュニケーションについて考えていることかな。

奈須:どう考えているのですか?

岡田:患者さんについては、「患者さんが、いま何を考えているのか?何を望んでいるのか」を考えるのがポイントだよ。

奈須:コミュニケーションの基本は、ニードの理解なのね。

岡田:コミュニケーションに対するニードがあって、それに答えることがポイントなんだよ。例えば、患者さんが病気のことや薬にことで気になっているから答えてあげるって基本でしょ。

奈須:確かにそうですね。そうするとスタッフに対してもそうなのかな?

岡田:そういうことだよ。スタッフも管理者が何を考えているか知りたいし、病院がどの方向に進んでいくのかが知りたいんだ。これって奈須さんもそうでしょ。病院の進む方向と自分もキャリアパスと違っていたら困るでしょ。これが、基本だよね。

奈須:そういえば、最近、コーチングといったコミュニケーション手法が代表的かもしれないけど、どれがいいんですか?

岡田:コーチングは、気づきを与えることなんだ。スタッフが悩んでいる時に、“ああしろ”“こうしろ”というのではなく、気づかせることがねらいだと言える。奈須さんもそうだろ、悩んでいる時に、ああした方が良いといわれるより、自分で考えて答えを出した方が自発的に動けるでしょ。コーチングって気づきを与えて、自発的に行動するように動機づけることでもあるんだ。自分の課題の解決は、自分が答えを持っているということに基づいている。悩みの解決や能力を伸ばすには、コーチングが適していると言われるね。

奈須:私も勉強しようかな。

岡田:セミナーもあるし本も出ているから、色々調べてみるといいよ。

 医療機関では、さまざまな文化や背景、教育レベルの違いがあるため、組織に正確な情報を伝達することが難し事は間違いありません。これは病院全体だけでなく、看護部や事務部といった小さな単位の中でも同様です。そのようなさまざまな背景の違いを理解し、正しく情報伝達しにくいことが病院管理を難しくしているのかもしれません。


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